第2回目となるいしかわ世界農業遺産国際貢献プログラムとの共同スタディツアーが開催されました。このプログラムは石川県が主に開発途上国を対象に、世界農業遺産認定の支援や、地域振興に向けた能力開発研修を実施することで、持続可能な発展に貢献するプログラムです。
第1回目の去年と同様に石川県、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)学術プログラム、国連大学いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK)が能登をフィールドに共同企画・開催し、国連大学、金沢大学、名古屋大学、東北大学、東京農業大学の留学生からなる世界13か国総勢17名が3日間にわたり能登地方を訪問し、里山里海を活用した地域振興の取り組みを学びました。
1日目、最初の訪問先は輪島市で「土地に根ざしたくらし」をテーマに様々な活動を行う「まるやま組」です。
まるやま組の代表である萩野さんご夫婦は東京やアメリカでの暮らしを経て、ここ輪島に移住してきました。建築家である萩野紀一郎さんとデザイナーである萩のゆきさんは地域の人たちとつながりながら、里山での暮らしをテーマに一般の方を対象にしたワークショップや小学校との共同教育プログラムを開催しています。
地域に古くから残る伝統的な文化や農法を持続可能な形で次世代に伝えていくことが里山の生物文化多様性を守ることにつながると萩野さんは言います。
昼食をはさみ午後の訪問先「いしかわ農業ボランティア」の現場に向かいました。石川県では農村でのボランティア活動を希望する個人や企業、団体の方々を「農村役立ち隊」、ボランティアの受け入れを希望する集落を「受け入れ隊」として登録し、マッチングすることで協働活動を推進しています。
この日は金沢市内から茅葺屋根に使うススキを刈り取るボランティアの方々が参加していました。「受け入れ隊」の西山 茂男さん(みい里山百笑の会)にお話を聞いてみると「昔はこの集落全部の家が茅葺屋根だった、今年は自分の家の屋根の手入れ、来年はあなたの家の屋根、という風に自然に協力関係ができていたが、近年の人口減少で担い手が減った結果、茅葺屋根の建物も残り2件まで減ってしまった。このようにボランティアの人たちの助けも借りてどうにかこの2件を残して行きたい。」と語りました。
能登地域には古くから「結(ゆい)の精神」と呼ばれる集落の住民総出で助け合い、協力し合う相互扶助の精神があり、茅葺屋根は減ってしまったものの現在でも農作業や草むしりなどを協力して行うそうです。ポーランドからの留学生は「自分の家のことだけではなく、集落一帯をコミュニティーとしてとらえ、協力しあうことは素晴らしい文化だと思う。」とコメントしました。
1日目、最後の訪問先は穴水町の牡蠣の養殖場です。
七尾湾に面するこの地域では穏やかで栄養分も多い内海を利用し、牡蠣の養殖業が盛んに行われています。12月から5月はマガキ、夏の間は岩ガキがこの地域から全国に出荷されます。
牡蠣の養殖業を営む松村さんに養殖技術や近年のインターネットなどを利用した出荷システムについて学びました。その後、ボートに乗せてもらい実際の養殖現場を見学させていただきました。マガキは12月ごろから出荷が始まるため、まだ十分成長しきっていませんでしたが、初めて見る牡蠣の養殖現場に留学生たちは興味津々でした。
穴水に移住し、漁業と養殖業を行う齊藤さんにもお話を伺いました。シーズンオフの時期でも安定した収入を得るために牡蠣の養殖業のみならず、それ以外の漁業も行う傍ら、夫婦でレストランを経営しているそうです。「1年を通して忙しいが、自然豊かなこの土地で自分の好きなことを職業にできることを幸せに思う。」と語りました。目の前の海から上げた牡蠣をその場で食せるこのレストランを目当てに遠くから足を運ぶ方も近年増えているようです。
2日目の朝は能登町の「木の駅プロジェクト」について学びました。
日本では人口減少や高齢化による人材不足、そして木材の輸入自由化に伴う林業の衰退により、近年放置される森林が増えています。一度手を加えた森林はその後も管理が必要ですが間伐をはじめとする森林の整備はとても手間がかかる割に採算が取れないこともあり、森林の荒廃が目立つようになりました。手入れが行き届いていない森林は台風の被害を受けたり大雨等による土砂災害も起こしやすくなると共に二酸化炭素を吸収する働きも低下するそうです。
このように問題が山積みとなっている森林整備の現状を地域経済の活性化と組み合わせた形で解決すべく立ち上がったのがこの「木の駅プロジェクト」です。これは山林所有者が間伐材や林地残材など、利用価値の少ない木材を「木の駅」に出荷すると地元の商店などで使える地域通貨と交換できるシステムです。これは全国に広がりつつあるプロジェクトで収集された木材はチップや薪などの用途として販売されるそうです。
能登町には現在木の駅が2つあるそうですが、そのうちの1つを見に行きました。この日はたまたま木材が買い取られた直後だったのかほとんど見当たりませんでした。真ん中にポツリと置いてある郵便ポストの中には記録用紙が入っており、木材を持ってきた人が量や大きさ、そして連絡先を書き込む仕組みになっています。その後、管理者が用紙をチェックしたのち地域通貨と交換する案内が届くそうです。
木の駅を後にした一行は、春蘭の里へ向かい、多田さんと共に里山にキノコ採りに行きました。
手入れが行き届いている多田さんが所有する森林では春には山菜が、秋になるとたくさんのキノコが採れるそうです。食べられるものと食べられないものがあり、中には判断が難しいものも多くあります。多田さんにチェックしてもらいながら、たくさんのキノコが採れました。この後、春蘭の里に戻り、多田さんのご自宅で調理してお昼ご飯と一緒に食べることにしました。
能登町に位置する春蘭の里は集落全体に農家民泊施設が40数件あり、里山のリアルな暮らしが体験できる場所です。多田さんの家の宿泊施設となっており、前日はイタリアからの観光客が宿泊して行ったそうです。
多田さんの自宅での昼食は輪島塗の漆器でい頂く、里山の恵が詰まった野菜中心の食事です。収穫したキノコも美味しくいただきました。
午後は輪島市に戻り、仁行和紙を訪問しました。ここで昔ながらの方法で和紙を作っている遠見和之さんに和紙の作り方や、ここで作られている和紙の特徴をお話頂きました。和紙の原材料となるのは楮(こうぞ)呼ばれる植物で近くの森林から採取しているそうです。工房の側にもたくさん自生していました。この皮の部分を剥いで蒸し、煮込み、細かくすることで和紙の元になる白い繊維質ができます。
遠見さんにお手本を見せてもらい、学生の皆さんも紙漉を体験しました。簡単そうに見えて均等な厚さにするために素早く手を動かすのがとても難しいそうです。お好みで植物や貝殻を入れてオリジナル和紙を作ることも可能だそうです。
遠見さんの代で3代目になるこの工房は遠見さんのご祖父様が中国で紙漉の技術を学んで来てから続いているようです。近年では壁紙や名刺、お酒などのラベルに使用するための注文も増えているそうです。
最終日の3日目の朝は輪島の朝市を見学しました。その後、能登空港の会議室で金沢大学能登学舎の伊藤浩二さん(特任准教授)により、能登里山里海SDGsマイスタープログラムについての講義を受けました。このプログラムは少子高齢化が進む能登地域にて里山里海の自然資源を活かし、能登の明日を担う「若手人材」を育てる人材開発プログラムです。修了生と連携し講義プログラムを組むため研究内容も様々で幅広い分野の知識を学べます。
午後は学生たちの最終発表とディスカッションセッションが行われました。このアカデミックプログラムはUNU–IASのTrans-disciplinary and Graduate Research Seminar(TGRS)という共同演習の1コマとして実施しているものでUNU-IASの斎藤修教授と共に学生たちは「高齢化と人口減少」をメインテーマに掲げ、「教育」「持続可能な生業」「ツーリズム」といった3つのサブテーマに分かれ、3か月前から事前研究を行ってきました。
今回の発表では事前研究の内容に過去3日間で得られた能登里山地域に関する洞察と課題に対応するための戦略やアイデアを付け加えて発表しました。 交流人口を増やすためのアイデアや留学生や学生に能登で活動してもらうため大学との共同プログラム、更にエコツーリズムに関するプロモーション戦略など、たくさんの意見が出ました。地元との関係者の方々にもディスカッションに参加して頂き、3時間にわたり活発に意見交換を行いました。今後はこれらのアイデアを具体的に形にしていくために学生たちは研究を続けていく予定です。