奥能登にはアエノコトと呼ばれる祭りがあります。「アエ=饗」の「コト=祭り」という意味で一年のお米の収穫を感謝して、毎年12月5日に田の神様を家へお迎えします。神様を風呂やご馳走でおもてなしをして春まで休んでいただきます。翌年2月9日には同じようにおもてなしをして豊作を祈願して田んぼへ送り出す行事です。
三井町ではアエノ͡コトではなく、古くから田の神様祭りと呼びそれぞれに家でお祭りされていましたが、近年過疎高齢化などで稲作に携わる人も減り執り行う家も減ってきました。そこで三井地区の区長会を中心に田の神様祭りを次世代に継承するために保存会を作り、三井町漆原にある茅葺き民家旧福島邸で公民館行事として行われています。
毎年三井小学校の子供達も太鼓や踊りで田の神様祭りに参加しています。この一年間は「SDGs三井のごっつぉプロジェクト」でご馳走の材料集めを体験してきたので、4,5,6年生12名が参加して一緒にお供えさせていただけることになりました。
まずは放課後バスで会場に到着しました。曇り空に雨交じりの能登の冬らしい天気となりました。山形公民館長さんはいつもと違って裃姿です。田の神様をお迎えするので正装されているのです。ゴテと呼ばれ一家の家長の役割を果たされます。
みんなで田んぼに向かいます。田の神様がいらっしゃるところには榊が建てられています。蓑や菅笠の衣装の集落の方もいます。昔は今のようなレインコートやビニールの傘がないので稲わらやスゲの草などで編んだ雨具です。
ゴテの手に持たれる松と栗の枝は「依り代」と呼ばれます。神様がそこへ依りついてお運びするためのもので、神様は田んぼの端で「待ってると来る」から転じて「松と栗」を掲げています。
田の神様は稲穂で目をついて失明されたということなので、家へご案内する道中も「段差がございます」や「右へ曲がります」など声掛けをします。ゴテはあたかも田の神様がそこにいるかのように振る舞うので不思議な光景に見えます。
家にたどり着くと「田の神様がおかえりやぞ!お迎えせ−よ!」と家のものに声をかけます。茅葺き屋根の玄関から囲炉裏のそばに入られます。寒い外からいらしたのでまずは暖かい甘酒を差し上げます。神様の大好物だそうです。
続いてゴテはお風呂の湯加減を見て、田の神様をお風呂へご案内します。恭しく榊をお風呂のお湯につけている様子も面白いですね。
お風呂で暖まられたら次はご馳走です。座敷には田の神様ご夫婦二人分の御膳が設えられています。二股の大根、御膳には一升枡にあふれんばかりの赤飯、煮しめにはわらびゼンマイ、大根、人参、こんにゃく、油揚げ。あいまぜという青大豆の打ち豆と大根や人参を炒り付けたおかずもあります。冷蔵庫もなく肉や魚が今のように手に入らなかった昔は打ち豆は貴重なタンパク源でした。そして立派な尾頭付きの鯛、大きなおはぎ。お汁に漬物。稲作は力仕事で大変なのでたくさん食べてくださいという意味が込められています。
輪島塗の御膳は赤く美しくご馳走が映えます。大切にしまってあったものを一つ一つ洗ってきれいにして盛り付けてあります。器の裏には家ごとの屋号を示す印が書かれています。冠婚葬祭などの時はお互い貸し借りするので目印になります。太いお箸は栗の木で、栗は一ヶ月に一寸成長するので一年間で一尺二寸(36.36cm)の長さにします。
お米を選別するときに使う箕という道具には畑で採れた野菜が盛られます。白菜人参カボチャなど色とりどりです。沢山実って嬉しい気持ちになりますね。
ゴテが食べ物を一つ一つ説明します。
子供達も田の神様のご馳走がデザインされた手ぬぐいの上に一人一人がゴテになった気分で自分のご馳走をのせました。
前列の6年生5人が代表してご挨拶をします。
「田の神様、これは5月にまるやまで集めたわらびの塩漬けでございます。」
枯れたススキの間から顔をのぞかせたわらび。赤ちゃんの手のような形にほやほやした毛が生えていましたね。集落のばあちゃんたちに習ってわらで縛って樽に入れてから半年ほどでぺったんこになりました。クンクン匂いを嗅いで臭いと言っている子もいました。
「田の神様、これは7月に珠洲で作ったあごだしでございます。」
羽の生えた魚を初めてみたり触ったり。包丁を手にさばいて串を打って炭火で焼きました。包丁を叩いて作る鍛冶屋さん、穴を掘って珪藻土でコンロを作る工場にも見学に行きました。あごだしはいい出汁が出るので煮しめも美味しくなるでしょう。
「田の神様、これは10月にまるやまで拾って干した勝栗でございます。」
しば栗ひろいはみんな必死で頑張りましたね。生のままかじっても甘かったですね。その場で茹でて針と糸でネックレスみたいに糸を通しました。蛇の皮の鱗を数えたり、絶滅危惧種のゲンゴロウやミズオオバコという花も見られましたね。
みんなで「どうもありがとうございました!」
それから権現太鼓の演奏をみんなで披露しました。
田の神様も今年はきっと三井小学校の子供達の用意したごっつぉを喜んで召し上がったことでしょう。神様だけでなく、来賓の方々や保存会の方がたも子供達が来てくれて賑やかで嬉しそうでした。
田の神様のお食事が終わられたら春まで神棚に上がって休まれます。
上座には大きな米俵が横たわっています。中には籾が入っています。籾とはみんながいつも食べているお米に殻がついたものです。生きているタネです。来年またこのタネを蒔いて米作りの一年が始まるのです。この籾こそ田の神様。
神様が休まれている間、家族は喧嘩をしてはいけないそうです。みんな仲良く心を合わせて、田畑を耕し、暮らしの糧を得ていかなければ生きていけないような能登の自然の厳しさが背景にあったのかもしれません。
今この様な家族やコミュニティと共にある農業が環境や地域づくりでも生き物やなど自然自然資源や食や伝統文化なども守れる重要な形だと再評価されてもいます。(家族農業の10年 )
いつでも、なんでもお金で買える今の時代ですが、自然の恵みを得る喜び、そこから自分の手で作る楽しさ、それを選ぶ選択肢が三井のような里山にはたくさん残っています。小学生のような感受性豊かな時期に五感で、地域の自然や土地に根ざした知恵に触れることができるように大人たちが環境を整えることが大事です。「三井のごっつぉ」を食べて世界へ飛び出し、誇りを持って自分を表現できるような子供達を私たちは送り出したいと願っています。
報告:萩のゆき(まるやま組)
国連大学OUIKでは「世界農業遺産(GIAHS)能登の里山里海」を利用した持続可能な未来へ向けての教育活動をサポートしています。一言で「能登の里山里海」と言っても地域によって異なる様々な伝統文化がありますが、三井小学校のような活動が能登の他の地域でも行われ、里海、里山間で交流が生まれるようなプラットフォーム作りを進めていきたいと思います。さて、次回はどんな「ごっつぉ」を作るのでしょうか?「SDGs三井のごっつぉproject」は通年のプログラムとして続きます。
企画・実行:萩野アトリエ/まるやま組 萩のゆき、萩野紀一郎(富山大学 芸術文化学部 准教授)協力:国連大学OUIK