IMAGINE KANAZAWA 2030推進協議会は、10月11日に地域でのSDGs推進のために民間資源を活用していく方法を探るため、第2回目の民間資源活用勉強会を開催しました。近年、ソーシャル・インベストメント(社会的投資)という言葉をよく聞くことが多くなったかと思います。ソーシャル・インベストメントとは、経済的なリターンのみを追求する従来型の投資の仕組みとは異なり、社会的な問題や社会的に価値のあることへの貢献(ソーシャル・インパクト)も同時に目指す投資の仕組みです。この仕組みを活用することで、従来では公的予算が限られていたり、民間からの資金調達が難しかった社会的な課題の解決に取り組む組織も、金融市場からの資金調達を行いやすくなる同時に、金融機関が保有する組織運営のノウハウといった「民間資源」を活かして組織活動を効果的に進めることも可能となります。結果的に、SDGsの目標達成を後押しすることにもつながります。
今回はそういったソーシャル・インベストメント、とりわけソーシャル・インパクト・ボンドという仕組みに焦点をあてて、日本政策投資銀行から政府系金融機関として提供している資金的・非資金的支援の仕組みと事例、そして、民間企業の立場からソーシャル・インパクトをもたらす事業立案やイノベーションを地域で起こす仕組みづくりを地域でパートナーシップを組んで取り組んでいるアステナホールディングス株式会社の能登地域での取り組みの事例をご紹介いただきました。
まずは日本政策投資銀行から東條氏からご説明いただきました。ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)とは、近年イギリスを中心に発展してきた仕組みで、民間資金が社会的な事業を運営する組織にも流入できるよう促す投資の仕組みです。日本でも2017年前後から注目を浴びるようになってきました。イギリスでは医療サービス、就労支援、刑務所運営などの公的サービスを提供する組織の資金調達のために、SIBが活用され、1件あたりの資金規模は約4〜5億円程度になっています。
ニューカッスル市では医療サービス分野においてSIB が活用され、運動や食事、コミュニティ形成など新しい健康・福祉サービスの提供によって予防を促すことで、ソーシャル・インパクトの達成と医療コストの削減がもたらされています。そのため、日本においても拡大する医療コストと自治体の費用負担に対応しつつ、公共医療サービスを持続的に提供するための資金調達手法として注目されており、また介護、就労支援、まちづくりといったその他の分野での活用も議論されています。
日本政策投資銀行では、そういったSIBと成果連動型委託契約(Payment for Success)(PFS)の仕組みを組み合わせたソーシャル・インベストメントのサービスを提供しています。PFSとは民間委託を通した官民連携による公的サービス提供手法の1つで、委託を受けた運営組織があらかじめ設定したソーシャル・インパクト指標の達成状況、つまり、その運営組織がどれだけ社会的課題解決に対して成果をあげたのか、に応じて、委託業務発注者側である行政が支払いを行うような支払契約の仕組みとなっています。もちろんソーシャル・インパクトの達成が不十分であると、公的サービス運営組織は運営費用をまかなえなくなる可能性も生まれるので、日本政策投資銀行が運営費用分を下支えする資金供給や成果が十分に生まれず返済が滞る際のリスク負担を行います。
このような資金的支援に加えて、期待されるソーシャル・インパクトの達成や効果的な運営を支援するため、日本政策投資銀行は非資金的支援も提供しています。例えば、ソーシャル・インベストメント先進国イギリスにあるソーシャル・インベストメント専門のプライベート・エクイティ・ファンドBridge Fund Managementと提携し、指標設定を含むプロジェクト形成から資金貸付実行後のプロジェクト管理とモニタリングに関するノウハウを学び研究して、社会的事業運営組織のプロジェクト形成や運営にアドバイスを提供するほか、政府系金融機関としての強みを活かし、官庁や自治体との調整もサポートします。また、調査研究を行うことで国の制度設計を支援しつつ、官民連携のPFSプラットフォームを運営して情報発信を行うことで、官民両者の立場の組織に対してSIBとPFSに関するノウハウや知見を提供しています。
しかし、より幅広い社会的事業に対して活用されるには様々な課題が存在します。プロジェクト形成から資金貸付実行までのプロセスが複雑かつ2年間程度と長期にわたり、自治体にとっても複雑で手間がかかります。日本で実績のあるプロジェクトの資金的な規模が数千万円規模と小さく、プロジェクトに伴走するコンサルティングファームも限られてきます。加えて、成果連動型の仕組みについて経験がない社会的組織が成果に連動して起こりうるリスクを単独では受け止められず、またコンソーシアムを組んで運営に取り組む際にも様々な機関や組織との調整を担うキャパシティが足りないこともあります。日本で導入されてからまだ日も浅く課題も多いですが、ソーシャル・インパクトをもたらすための投資手法として、これからの発展が期待されます。
続いて、アステナホールディングス株式会社の代表取締役社長CEOの岩城氏から、同社が能登地域での取り組みについてご紹介いただきました。アステナホールディングス株式会社は、ソーシャル・インパクトを与えられる新しい事業を形成し持続可能な社会を実現していくことを、同社のサステナビリティ戦略のうちの1つに設定し、他地域への展開も見越して、能登地域、特に珠洲市でモデル事業を展開しています。もともとは東京都日本橋で設立された会社ですが、サステナビリティ戦略を掲げ、2021年6月に本社機能の一部を珠洲市に移転しました。岩城氏は民間企業の経営者として地方創生にはビジネスのタネがあると感じつつ、地方都市の衰退に対して必要なアクションが取られていない状況に違和感を覚え、取り組みをスタートさせました。
ソーシャル・インパクトをもたらし、SDGs達成に貢献する事業を珠洲市で生み出していく仕組みの軸となるのは、自治体や大学、地域内外の企業や金融機関とパートナーシップを組んで取り組む2つのプロジェクト、「能登 SDGsラボ新事業プロジェクト研究」と「のとSDGsファンド」です。
珠洲市が産官学連携で運営する研究機関であるSDGsラボと東京を拠点にする事業構想大学院大学が提携して運営するプロジェクト、「能登 SDGsラボ新事業プロジェクト研究」は珠洲市で地域の社会課題を解決してSDGsに貢献するビジネスを企画・立案できる地域経営人材育成を目指した一連の授業を運営する教育プロジェクトです。本年5月から開講し、受講者は授業を通して、ビジネスモデルに関する勉強に加え、実際にビジネス立ち上げまで行う実践的な内容となっています。岩城氏や大手企業の経営現場の経験者が講師として登壇されます。現在、地元市民や金沢市からの参加者が受講しているほか、地元の高校生が参画して事業構想から立ち上げまで進める企画も進行中だそうです。
もう一方の軸は、今年7月に立ち上がった「のとSDGsファンド」。能登地域を対象にSDGs達成への貢献や地域の資源や資産を有効活用する新規事業や事業継承・再生といった分野で資金的支援を進め、能登地域でのイノベーションを進めていくことを計画しています。北國銀行の投資専門子会社であり、地域に根ざして地域の発展に取り組むQRインベストメント、同じく地域活性化を目指す東京のファンドであるBPキャピタルの2社が出資と運営を担うほか、アステナホールディングスや北國銀行が出資者として参画しています。そのほか、SDGs達成に賛同し、能登地域でSDGsに貢献する事業を一緒に開発し、現地の投資先が必要とする支援を提供してくれる企業、金融機関、大学などからの出資も募集しているそうです。のとSDGsファンドはファンドの内部収益率を低く抑えている一方で、ファンドへの参画者が能登地域でファンドによる投資の受け手になるSDGs事業を形成することにメリットを感じてもらえるような仕組みを形成しています。また、「能登SDGsラボ新事業プロジェクト」にて立ち上がった事業への出資も担っていきます。
このようにアステナホールディングスは、2つのプロジェクトを軸にすえた「産官学金」の連携の仕組みを立ち上げ、先導的な大学、事業者、金融機関のノウハウを地域に導入しつつ、主に地元の資金を用いて、地域の人材育成と地域発の事業育成に取り組み、社会的課題解決への貢献とともに持続可能な地域、地域での循環の仕組みの形成に取り組んでいます。
今回の勉強会では、政府系金融機関と民間企業の2つの立場からソーシャル・インベストメントの仕組みと事業の企画、運営を担う人材と組織の育成の仕組みについて勉強しました。特に、今回はコンソーシアムを組んでうまく調整しあいながら、お互いの強みを活かして事業を推進し、コレクティブインパクトをもたらすつながりの重要性を学ぶことができました。そして、ディスカッションの中では、解決を目指す社会的課題やビジョンの設定やプロジェクトを取りまとめるリーダーシップの重要性も話題となりました。
IMAGINE KANAZAWA 2030は、今後もこの勉強会を通じて、参加者とともに、金沢でSDGsを推進するために「民間資源」をどのように活用していけば良いか、学んでいきたいと考えています。