金沢には半世紀から代々受け継がれてきた数々の庭園があります。このたび国連大学IAS-OUIKでは、これらの庭園や自然をテーマに、生物文化多様性ブックレット#5『金沢の庭園がつなぐ人と自然−持続可能なコモンズへの挑戦−』を制作しました。
それを記念して、金沢の庭園の知られざる魅力を、歴史、環境、デザインの面から紐解き、庭園の新しい楽しみ方や、「後世に引き継ぐために私たちができることは何か?」を考えるシンポジウムを開催しました
日本庭園に心底魅せられたフアン研究員がこだわり抜いた一冊が誕生!
まず最初に、オープニングとして、このブックレットの責任編著者・国連大学のフアン バストール・イヴァールス研究員から、ブックレットの概要について解説しました。
本書は4章からなります。
第1章 都市自然の持続可能な保全のための施策
第2章 庭園にまつわる人々の物語
第3章 日本庭園の多様な教え
第4章 自然と関わる新しい方法
金沢らしい生物多様性の戦略、所有者が庭園を維持していくための苦労や課題、さまざまな視点から日本庭園がもたらしてくれる教え、日本庭園との新しい関わり方が生み出すものなど、本文131ページというボリュームで、今まで知らなかった庭園の魅力や関わり方を紹介しています。
「都市の自然と親密な関係を作ることで、人々が幸福に恵まれます。行政、所有者、専門家、市民が協働して庭園を維持管理することで、都市に春夏秋冬が存在できます。人、動物、草木などがサイクルを持ち、調和のとれた世界になるよう、私はこれからも頑張っていきたい」とフアン研究員は話を締めくくりました。
*本書のPDF版は下記でご覧いただけます。
https://ouik.unu.edu/wp-content/uploads/Booklet5-Restoring-Kinship-with-Nature-through-Japanese-Garden.pdf
基調講演「庭園から見た金沢らしさ」
日本民俗学会評議員・元北陸大学教授の小林忠雄さんの基調講演がありました。小林さんは、本書にも寄稿していただいています。
中国の風水を180度ひっくり返した、いわゆる「逆風水」の空間特徴を備えるのが金沢で、不吉とされる場所に悪霊封じのために寺院群を置いたことを解説されました。
また泉鏡花の作品から、往時の広坂通りはコナラやホオノキなどがいっぱいあって鬱蒼としていたことがわかり、古い写真からは中心部には木がいっぱいあって、文字通り「森の都」だったことを示し、古い時代の金沢では周辺の樹木を積極的に入れて造園をしていたのではないかと述べました。
金沢には植物に関する民俗も残っていて、例えば紫陽花を切って玄関に吊るす「門守」という独特な習慣を紹介。植物と生活が一体となったライフスタイルがこの町には今も残っていることは大変注目と述べて、話を締めくくりました。
*この内容にご興味がある方は、上述のPDF版/P76〜79「風水思想に彩られた金沢」をぜひご覧ください。
ブックレットの著者の方々によるトークセッション1
「金沢の庭園に隠された魅力」
ファシリテーター・鍔隆弘さん(金沢美術工芸大学環境デザイン専攻教授)、パネリストに野々市芳朗さん(株式会社野々与造園 会長)、寺島恭子さん(寺島蔵人邸跡)、長谷川孝徳さん(北陸大学国際コミュニケーション学部教授)、土田義郎さん(金沢工業大学建築学部建築学科教授)を迎えて、「金沢の庭園に隠された魅力」をテーマに討論が始まりました。
まずはそれぞれから庭園の魅力、楽しみ方を語っていただくということで、最初にファシリテーターの鍔さんから、「周りを取り込む庭園」(本書P88)に掲載した林鐘庭「五人扶持の松」の紹介がありました。また、「千田家庭園」で毎年学生と一緒に行っている泥さらい(清掃活動)についての説明もありました。
続いて、長谷川さんからは、「加賀藩士屋敷の植栽について」(本書P80)から、加賀藩士の屋敷の庭にはどのような木が植わっていたか? またその理由などについて解説がありました。そして、往時のように自給自足ができる庭というのは、「これから先、庭園を残していくのに大きな魅力につながっていくのではないか」と付け加えました。
「10年後、100年後も、金沢と共にあるために未来を考えて維持していく」(本書P38)を寄稿してくださった寺島さんからは、寺島蔵人邸で暮らしていた頃の思い出を語っていただきました。風呂は庭から拾ってきた薪で沸かし、庭に生えたり、実ったりする自然のものを大切にして食べるなど、慎ましやかな暮らしだったと述べます。また、庭師を入れることができず、見よう見まねで雪吊りも自分たちで行っていたそうで、「そういうこともしないといけないことは苦痛でした」と振り返ります。
「里山の風景、自然から創造する金沢らしい庭園」(本書P92)を執筆された野々市さんからは、雪国・金沢ならではの剪定方法や、「市中の山居」(里山の情景を家の周りに作る)を基本とした金沢の日本庭園の特徴を解説してくださいました。
土田さんからは、「庭を聞く」(本書P108)に合わせて、サウンドスケープ(音風景)の楽しみ方を紹介していただきました。また、日本の庭園の技術には「暗黙知」として受け継がれているものが多く、未来に引き継ぐためには、作る側だけでなく鑑賞する側も意識して、暗黙知を形式知として残す必要があると述べました。
金沢にはたくさんの庭が残っていて、維持する機会もあって、作る楽しみを知ってらっしゃる方もたくさんいる−−。そう言ったものを共有しながら、「風景としてだけでなく、街なの自然空間、生物の生息空間としての価値が広がっていけばいいなと思う」と鍔さんが述べて、トークセッション1は終了しました。
トークセッション2「地域の自然から見るサステイナビリティ」
ファシリテーター・上野裕介さん(石川県立大学生物資源環境学部環境学科准教授)、パネリストに円井基史さん(金沢工業大学建築学部建築学科准教授)、アイーダ・ママードヴァさん(金沢大学国際機構特任准教授)と留学生代表(ロシア・カザン連邦大学)、永井三岐子(UNUーIAS OUIK 事務局長)が登壇し、セッション1で知ることができた庭園の新たな魅力や価値を、持続可能にしていくために、私たちはどうすれば良いのかを議論しました。
まず、上野さんからサステイナビリティ=持続可能性について考えた時、重要となる行動目標としてSDGsのアウトライン紹介がありました。
そして、社会、経済を支えているのが生物圏や自然で、そんな地域の資源をうまく使うことができれば、社会はもっとより豊かに、そして持続可能な社会になるのではないだろうか? セッション2では、その方法について話し合いたいと、口火を切りました。
その答えの一つとして上野さんからは、「グリーンインフラ」の紹介がありました。自然が持っている機能や仕組みを活用してインフラ整備や防災、国土管理に使っていこうというもので、詳しくは「金沢市のグリーンインフラと都市の生態系サービス」(本書P104)をご覧ください。
「金沢市街の緑と熱環境および今後も街づくりについて」(本書P100)を執筆された円井さんからは、都市の緑と熱について着目した話がありました。温暖化は都市部ではヒートアイランドによりさらに進んでいるが、都市でも緑地があることで、緑から冷気流が起こり、周辺が冷やされている部分があるという話。金沢の場合、小立野台地と片町では夜間、2〜3度の気温の違いがあることもわかったそうです。
「庭園でのボランティア活動を通じた学び」(本書P113)を寄稿されたアイーダさんは、海外からの留学生に金沢の文化を体験してもらうプログラムを担当。フアン研究員の協力で、庭園から学生たちにいろいろなことを学んでもらっているそうです。庭園の中に入るとサウンドスケープ、ランドスケープ、建築、経済を一つの場所から全部見ることができ、茶道などの日本文化を掃除しながら学ぶというベストな体験になっていると言い、これをもっと広げていきたいと考えているそうです。
また、今回実際に日本庭園の清掃を体験したロシアの学生からは、庭園の維持管理方法については、「学生の援助を求める、国際ボランティアを招く、世界中に問題を広める」と言った提言もありました。
「金沢の庭園から生まれるコレクティブ・インパクト」(本書P17)を執筆した永井からは、金沢市と金沢青年会議所、そしてUNUーIAS OUIKが中心となって進めつつあるSDGsの動きを紹介。金沢SDGsの5つの方向性について説明しました。
引き続き、「庭園をどうしたら持続的なものにできるのか?」「将来に向かって私たちは何をすべきか?」ということを、考えることに。答えは出なくても、「考える契機となればいい」と上野さんは申します。
庭園の新たな魅力や価値を知り、まずは「庭園は大事だ」ということに気がついてもらうことが、守るための第一歩。そのためにできることとは?
「日本人の昔の知恵というのが庭には眠っていて、その知恵は現代の技術に生かすことができるのに、それに気がついていない人が多い。そういったところを教育したり、普及していきたいと思う」(円井さん)
「手入れされた庭園は生態系だけでなく、社会、経済にも貢献する。庭園を失った時、日本人の心も失う。ボランティア制度を作ってお互いが協力しながら庭園を維持していくことがこれからの時代にマッチ。SDGsのボランティアの概念ともリンクでき、金沢ならではのモデルとなるのではないか」(アイーダ)
「心蓮社の庭園清掃は、スペインに行った日本人がサクラダファミリアの建設を手伝わせてくれるくらい、外国人にとっては宝物のような体験となる。その視点の違いを私たちも持たないといけない。同じものを見ても違うように価値づけできることが大切」(永井)
「30年後、50年後、金沢の街をどう活用していくか? それをみんなで考えていけばいいが、その時により多くの市民や行政の人、企業の人を巻き込み、賛同してやってもらいたい。そのためにはどうすればいいか?」(上野さん)
「知ってもらうこと、体験してもらうことが大切。樹木を西に植えると省エネになることを、庭に木を植えないと言っていた施主に知らせたら、考えが変わったこともあった」(円井さん)
「留学生は金沢の家の前に庭が少ない、土がないと言う。各家の前に小さい庭を作る、そういう場所を増やしていけば、市の人も考えて施策も新しく考え直すことがあるのではないか」(アイーダさん)
最後に、上野さんからは、「外国人の視点も入り、さまざまなものの見方で、新しい価値を発見していくこと。多くの人が取り組みたくなるような、そして楽しめるような仕組みを作っていくこと。そして課題解決にはパートナーシッも重要。古い日本らしい、金沢らしい暮らしを守っていく、あるいは取り戻すことができれば、これから50年後、100年後、金沢はもっと魅力的な地域になるのではないか」と述べて、トークセッション2は幕を下ろしました。
引き続き、閉会の挨拶を行った、日本造園学会石川県連絡会の上田哲男さんは、庭園の維持管理の難しさに言及。「所有者や管理者だけでは到底困難な状態が存在しており、良好な状態で後世へ引き継いでいける管理システムの構築が急務。そのためには、庭園や自然に対する調査研究から維持管理までを視野に入れた、市民協働の取り組みを行うことが必要」と述べられました。
会場では席が足りなくなり、慌てて追加するほどの大盛況のうちに、無事シンポジウムを終了することができました。ご登壇くださった皆さん、出版にご協力くださった皆さん、そしてシンポジウムに参加してくださった皆さん、ありがとうございました。