今回の「能登の里海セミナー」では、SDG14の10個のターゲット(目標)から、持続可能な水産資源管理の取り組みに関するSDG14.4と14.6について勉強し、水産の研究、流通、生産と立場の違う3人に、石川県の豊かな水産物と漁業の魅力を語っていただき、これからの水産資源の維持について考えました。
海の世界共通語となったSDG14を知る
まずは国連大学OUIK研究員のイヴォーン・ユーが、SDG14.4「持続可能な漁業」とSDG 14.6「過剰漁業につながる漁業補助金の禁止」について解説しました。
──「持続可能な漁業」(14.4)とは、乱獲や違法な漁業はやめて、科学的に管理を行い、持続的生産量レベルまで回復させるのが目標。また、「過剰漁業につながる漁業補助金の禁止」(14.6)は主に途上国の話となるが、過剰な捕獲につながるような補助金をやめようという規制のこと。
この2つは日本には該当しないように思われますが、そもそもこの2つターゲットができた大前提には水産資源の緊迫があり、持続可能ではないやり方をやめ、もう少し良い制度を導入していこうというのが目的です。それを受け、日本ならではの水産資源の持続可能な管理の仕組みを生み出さないといけないと思っています。
世界の水産資源の利用状況を見ると、獲り過ぎか最大限まで利用されている水産資源が94%を占めていて、利用する余地があるものはわずか6%しかありません。
世界の捕獲漁業と養殖生産の推移を見ると、捕獲漁業は1990年代以降は横ばいで、養殖漁業がその頃から増え続けています。世界の魚の利用と消費を見ると、年々消費量は増えていて、これは人口の増加と比べても急増しています。
魚を主な動物たんぱく質源としている人は世界中で約30億人、約4割を占めています。また、世界で漁業と関わる仕事をしている人は約12%いて、そのうちの90%が小規模漁師であり、その半数が女性です。また、40%の水産物が沿岸の小規模漁師が獲ったもの。つまり、里海で小規模漁師が獲ったものと言い換えることができます。
水産資源の管理を考えたときに、海の中の資源の維持や管理という話が中心となりますが、それだけでなく、獲り方によっても水産資源の維持につながりますし、獲った後の販売の仕方によっても持続可能に利用されているかどうかということにつながります。さらに、消費者が持続的に食べて行かないと持続可能な管理ができません。これらが一つの環となって循環することで、持続可能な水産資源の管理につながります。──
研究者視点から水産資源の現状と将来を考える
続きまして、基調講義「国内外の持続可能な水産資源の管理について」を、東京大学大学院農学生命科学研究科教授の八木信行さんにお願いしました。
──日本のスーパーで魚の種類や量が減ったと感じる人は多いと思います。それはなぜでしょうか? この10年間で魚の消費量は2割程度減っています。また、流通やスーパーでは扱い品目を限定して効率化を図っていて、そのため仲買人は不人気魚種を買い付けなくなります。供給側の漁業者も買ってくれないから獲りません。また、国内漁業者の減少と資源の減少という事情もあります。ただし、「資源の減少は漁業者の獲りすぎ」と言われることがありますが、必ずしもそうではありません。
日本では天然の漁獲量が1990年台最初をピークに急激に減少しています。たくさん獲れていたマイワシが海の環境変化でいなくなってしまった影響によるものですが、それ以降も徐々に減っているのは漁業者の減少や資源の減少などもあります。
海外でも同様に天然の漁獲量は減少の一途ですが、韓国やイタリアなど、養殖の生産量が増えている国もあります(日本の養殖量はずっと横ばい)。ノルウェーは先進国の中では頑張っている数少ない国で、天然の漁獲量は獲れなくなっているほかに資源管理をしている影響もあって徐々に減少しているものの、養殖が伸びています。
日本では、需要の減退という特殊事情も加わって30年くらい漁獲量が減少し続けていますが、それでも資源は回復していません。漁獲をもっと減らさないといけないという説もありますが、一部の魚種に限ったもので、全体的にはそうではありません。過剰漁獲以外の要因の仮説として、温暖化や埋め立てなどで減少しているというものや、実例として報告されているものに、ネオニコチノイド系農薬で餌の動物プランクトンが減少したことが要因というのもあります。
水揚げなどの作業は人海戦術で行っている国が多く、現場では女性の活躍も目立ちます。こういうことで経済、環境、社会のバランスをとっている側面があります。社会には雇用の安定も重要です。一方、ノルウェーでは大きな船を用いて、オートメーション化により関わる人もわずかです。“雇用を守るのか、経済効率性をあげるのか”、“環境を守るのか、経済効率性をあげるのか”──人の幸せの本質が何かをよく考えた上で、結論を出す必要があります。
欧米では郊外の野生動物などを人間から保護することに熱心に取り組んでいます。この根源には、環境と人間が切り離された存在であることなどがあります。一方、日本の場合は環境と人間が切り離されておらず、里山や里海でつながっているため、環境を守る感覚は欧米とは違います。
世界農業遺産に認定されるメリットはいろいろありますが、その中に、観光の推進というのがあります。観光によって、農畜水産物の単価を高くすることができ、地域経済の活性化につながります。日本ならではの、多様な自然を利用する視点や、物質循環を重視する環境保全、人間組織を重視した保全活動などを世界に発信していくことで、インバウンドなどの獲得が期待できます。──
生産者と消費者を結ぶ流通・加工ができること
引き続き、石川中央魚市株式会社営業戦略室副部長の田丸達之さんより、「石川の水産流通からできる資源管理」と題した活動報告がありました。
──石川県では季節ごとにおいしい魚が水揚げされていますが、消費者にはおいしいだけでは選んでもらえなくなってきています。調理済みのものが好まれるようになり、さらにスーパーやドラッグストアなどでは納品する段階から調理されていないと並べてもらえない時代となりました。そのため私たちのグループ会社では最終加工まで行っています。
本日のテーマとなるSDG14に関する活動として「朝セリ」と「水産エコラベル認証の取得」の話をします。
石川県内の漁港でその日の早朝に水揚げされた鮮魚を集荷して、早朝のセリとは別に2度目のセリ、「朝セリ」を行う事業を2008年からJFいしかわと協同で開始しました。「産地が明確で新鮮な魚をタイムロスなく流通に乗せることができる」、「金沢市中央卸売市場のスケールメリットにより、集まる買い出し人が産地市場よりも多く、魚価の上昇につながって、漁業者に還元できるお金が多くなる」というメリットがあります。
朝セリにかけられる魚の7〜8割は高く買ってもらえる首都圏など県外へ流れているという実情から、朝セリの“地産地消”を推進するために「石川の朝とれもんプロジェクト」というものを2012年にキックオフしました。
朝セリの事業は、SDGsの17のゴールに当てはまるものもいくつかあり、その中でSDG14に合致するものが「定置網漁で獲られた魚が主体」と「海岸線保護活動団体への寄付」です。定置網漁は過剰漁獲に陥りにくく、限りある資源を大切にしてきた先人たちの知恵が詰まったもの。その漁法で獲られた魚を流通していくことはSDG14に大きく貢献。また、石川の朝とれもんのSDGsの目標をラッピングした自動販売機を設置して、その売上の一部をクリーン・ビーチいしかわへ寄付し、海岸線保護の活動に役立ててもらっています。
一方、水産エコラベル制度とは、生態系や資源の持続性に配慮した方法で漁獲・生産された水産品に対して、ラベル表示するものです。その代表的なものとして、イギリスのMSC認証(天然魚が対象)、オランダのASC認証(養殖魚が対象)があり、日本発祥のエコラベルとしては、MEL認証(天然魚・養殖魚も対象)があります。日本発祥のラベルは、日本の多様性に富んだ漁法に則した管理手法となっています。
認証された生産品はマークのついた容器で出荷されますが、出荷先の流通業者や加工業者が認証されているものといないものをまぜて販売してしまうと、エコラベルの意義や取り組んでいる生産者の苦労が水の泡となってしまいます。そこで必要となってくるのが加工業者向けの認証制度です。流通加工(CoC)認証といい、当社は昨年8月に、これを取得しました。日本海側の卸売会社では初で、全国の卸売業者の中でも6番目です。
当社に出荷してくれる漁業者、養殖業者も20団体ほどがMELの認証を取得していて、生産者から卸、加工までの段階は体制が整いました。しかし、その先の販売店ではまだエコラベルの認識が浸透していません。販売店にもこうした取り組みを理解していただき、消費者にはエコラベルのついた商品を選んでもらうという流通が完成すると、SDG14の海の豊かさを守ろうの実践につながります。
こうしたエコラベルのついた商品やフードマイレージの少ない地元産の商品を食べることは、誰でもが参加できる「食べるSDGs」なのです。私たちも今後こうした取り組みをもっと増やして、資源管理や環境保全に貢献していきたいと思っています。──
持続可能な伝統漁法と漁業の将来を語る
能登町定置網漁日の出大敷網元の中田洋助さんと国連大学OUIKのイヴォーン・ユー研究員の対談で、「能登町の伝統的な定置網漁」についての活動報告を行いました。
「祖父と父が定置網漁師でその姿に憧れて育った」という中田さんは定置網漁師になって12年。定置網は魚を一網打尽にしているように思われがちですが、昔から「網に入った魚の3割が取れればいい方だ」と言われているそうです。日の出大敷のスタッフは19人いて、収入はサラリーマンと同じ月給制なので安定しているそうです。
中田さんは海の大切さや豊かさ、面白さを地元の子どもたちなどに伝える里海の出前授業もしています。
「子どもたちに現場の声を聞かせることで、まずは漁師のことを知ってもらい、これをきっかけに好きになってもらったり、漁師になりたいという子には漁師の世界を教えてあげることもできたりします。この町の漁業の未来に種をまくようなことだと思っていて、この活動を大切にしています」(中田さん)
「ずっと海を見ている中で、何か感じることは?」というイヴォーン研究員の問いかけに、「祖父の時代と比べると魚の来る時期が違ってきています。だんだん遅くなってきている傾向があります。一概に温暖化の影響かどうかはわかりませんが、水温の変化が遅れていることは言えます。そのことで魚が来るタイミングも遅れています。また、私個人的には資源が少なくなってきているとも感じています。資源が少ないというか、沿岸に魚が寄ってきません」と中田さん。
毎月14日はお魚サステナブルの日にしよう!
最後は登壇者3名とモデレーターのイヴォーン研究員でパネルディスカッションを行いました(以下敬称略)。
イヴォーン:海の資源が減っていると感じるが、その原因として考えられるものは?
八木:減っている魚種もあるし減っていない魚種もあり、いろいろだと思う。一年しか生きない、イカとかサンマなどはもともと年によって変動が大きい。クロマグロなど長く生きる魚は、年々獲りすぎていると累積でいなくなり、人間の及ぼす影響は大きい。
田丸:朝セリの入荷量を見ている。全体としては少しずつ減ってきているのかなという印象は受ける。魚種によっては獲れる時期もピークも変わって来ていると感じる。昨年は香箱ガニがほとんど獲れず、価格が高騰した。乱獲の影響なのか、海の中の環境が変わってしまったのか? このまま獲れなくなってしまうことを非常に心配している。
イヴォーン:年によって違うから、その年に多く獲れた魚を私たち消費者も食べることにトライすればいい。サンマが少なければイワシを食べてみるとか。さて、エコラベルの認証制度について、今後発展していくかどうか、そして問題点は?
八木:欧米で認証制度が流行っているのはスーパーの力が大きいからで、価格が上がるから漁業者も認証を取ろうと考える。日本の場合、認証品を扱っているスーパーはわずかで、あまり値段が上がらない。産品の値段が上がるようになればいいという気がする。
イヴォーン:漁師の立場から、認証制度に挑戦してみる価値は?
中田:うちはまだ導入していない。今後は考えていきたいが、今の物流の中では、認証制度を受けるメリットがそれほどないというのが正直なところ。
イヴォーン:認証制度に挑戦した理由とは?
田丸:当社がサステナブルな取り組みをしているということも1つある。ESG投資のことも考えている。既存の価値基準にプラスして、今後は持続可能ということが消費者目線からでも価値基準の一つになって行くのではないか、そしてこういった流通も増えていくのではないかという考えと、これを普及させていきたいとの思いから挑戦した。
イヴォーン:それぞれの立場から、持続可能な水産資源管理をするために、ご自分ができることは?
中田:網目の大きさを大きくしてなるべく小さいものは獲らないようにしたり、夏場は休漁時期を設けたりしている。沖に流れているゴミもできるだけ拾って持って帰っている。
田丸:漁業者が取り組んでいる持続可能な漁業を、流通業者の立場からも普及させていきたいと考える。個人的にはSDG14に因み、毎月14日はサステナブルなシーフードを食べてもらう日に定めてもいいのではと思っていて、それを全国に広めていきたい。
八木:14日はお魚サステナブルの日というのはいい! 研究者というのは今起こっている事象を自分の専門分野に絞って深く掘り下げて考えがち。そうなると人によっていうことはバラバラになるので、誰かがまとめて総合して言えるかどうかということがこれからの課題。
イヴォーン:3人から消費者へ、こうすれば海の資源管理にも貢献できるというアドバイスを。
八木:情報に敏感であってほしいと思う。消費者の方でもこういった情報があった方がいいとか、もっと声を上げるといいと思う。
田丸:消費者には、販売店に対してもっと声をあげてほしいと思う。ニーズが上がることで、販売店の意識が変わる。供給側が言っても取り入れてもらえないが、お客さんの声は重要視される。
中田:魚離れが進み、魚の消費が少なくなれば、漁業自体の存続が難しくなっていくので、もっと魚を食べてほしい。家庭でもっと魚を食べる習慣を昔みたいに作ってほしいし、魚は料理方法が限られると思われがちだが、肉と同じようにして料理できるのだから、魚に対してもっと柔軟な発想で料理を楽しみ、魚の消費量を増やしていただきたい。それが漁業者への助けにもなる。
イヴォーン:ステイホームで家にいる時間も増えているので、ぜひいろいろな魚料理にも挑戦していただきたい。
「豊かな水産資源を持続させていくために、私たちは何ができるか、何をしていくべきかとを考えていく上で、とても大事な視点をたくさんいただくことができました。これからは毎月14日は“サステナブルなお魚を食べる日”ということも思い出して、皆さんと一緒に里海のことを考えていきたいです」と、国連大学OUIKの渡辺綱男所長が述べて、セミナーは終了しました。
セミナーの動画もこちらから試聴いただけます。