「能登GIAHS生物多様性に関する実践ワークショップ」が、2025年10月16日(木)能登空港(輪島市)にて開催されました。本ワークショップは、能登地域GIAHS推進協議会 能登GIAHS生物多様性ワーキンググループが主催し、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS OUIK)が共催しました。
このワークショップは、2024年の地震と豪雨を経た能登の自然の現状を共有し、研究者や実践者の報告と議論を通じて、能登の未来を共に考えることを目的に開催されました。困難な時期を乗り越え、里山里海の豊かな自然と暮らしをいかに守り、再生していくかを探りました。
世界と日本の動きから能登の未来を考える
基調講演では、渡辺綱男氏(UNU-IAS OUIK、客室研究員)が「世界と日本の動きから考える能登GIAHSの生物多様性のこれから」と題して講演しました。
1992年の生物多様性条約採択以降の政策の流れや、日本の「自然との共生」のという理念がどのように世界の目標へ発展したかが紹介されました。特に、世界の知恵を集めて人と自然のバランスを取り戻すことを目指す「里山イニシアティブ」の立ち上げにおいて、能登が果たした重要な役割が強調されました。また、東日本大震災後に進められた「グリーン復興」や、生態系の力を活用した防災・減災(ECO-DRR)の取り組みが紹介され、能登の創造的復興への示唆が与えられました。


震災後の里山・里海:広がる被害と再生への課題
ワークショップは基調講演に加え、「里山」、「里川・里海」、「トキ」の3つのテーマで構成されました。
セッション① 里山研究・実践では、災害により荒廃した山地の現状と再生への課題が報告されました。柳井清治氏(石川県立大学)は、能登半島地震により約6000ヶ所で崩壊地が発生し、その面積が12平方キロメートルを超えるという大規模な被害を報告しました。里山の再生にあたっては「どのような森をどのような方法で再生するか」を明確に検討する必要があると指摘しました。伊藤浩二氏(岐阜大学)は、絶滅危惧植物サドクルマユリの生育地が土砂崩れや豪雨の影響を受けている現状を報告し、地域の里山保全活動による回復の可能性を述べました。山本亮氏(のと復耕ラボ)は、放置された荒廃林の現状を打開するため、持続的な森林経営である「自伐型林業」の導入を実践的に紹介し、地域住民が森に関わることで地域の防災対応力を高められると述べました。
セッション② 里川・里海研究・実践では、沿岸環境や河川の生物多様性への影響が焦点となりました。中村晃規氏(七尾高校)は、県内高校生ネットワーク(KOKO-いしかわ)による環境DNAを用いた河川魚類相調査の成果を紹介し、トキの餌となるドジョウが広範囲に生息していることや、外来種の分布拡大を確認したことを報告しました。池森貴彦氏(石川県水産総合センター)は、地盤隆起(最大4m)による食用海藻の漁獲量減少を分析し、海底環境の悪化や漁場消失に加え、漁業者の生活基盤の破壊といった人的要因の影響も大きいと指摘しました。東出幸真氏(のと海洋ふれあいセンター)は、潮間帯動植物調査の結果、潮間帯上部の生物はほぼ死滅した一方、新しい潮間帯では短期間で次世代を残す種は回復傾向にあることを示しました。荒川裕亮氏(同センター)は、地盤が隆起したことで川の水位が下がり、川と海の水が混ざる汽水域の環境が変化し、その結果、希少な淡水魚がすみにくくなっている可能性を指摘しました。さらにニホンイトヨのように川と海を行き来して生活する魚が移動しづらくなるなど、生息環境のつながりが損なわれているおそれがあることを報告しました。
トキと共生する未来への道筋
セッション③ トキ関連の取組紹介では、2025年に石川県で予定されているトキの放鳥を見据えた活動が紹介されました。伊藤浩二氏(岐阜大学)は、世界農業遺産に認定されている佐渡の視察報告として、トキ認証米制度の成功には行政とJAの連携、教育や人材育成の重要性があったと述べました。また、能登では災害復興とトキ放鳥のタイミングが重なっており、両者を並行して進める視点が重要であると述べました。野上達也氏(石川県自然環境課)は、2026年6月頃に羽咋市の邑知潟周辺でトキが放鳥される予定であり、トキの餌場環境整備や、子供たちへのトキ検定を通じた普及啓発活動の進捗を報告しました。上野裕介氏(石川県立大学/元・新潟大学)は、実際に佐渡での放鳥トキのモニタリングに携わった経験から、トキを単なる環境保全の取組で終わらせず、地域に誇りと未来への希望を運ぶシンボルとし、地域の活性化に繋げるべきだと提言しました。そのために、科学的調査、市民活動、そして「能登半島のグリーンインフラ復興を考える研究会」などを通じた産学官民連携の重要性を強調しました。宇都宮大輔氏(珠洲市自然共生室)は、2010年以降トキが飛来している珠洲市粟津地区で、住民が主体となってビオトープの整備や生き物調査を10年以上にわたり継続していることを紹介しました。


創造的復興に向けた対話と連携の重要性
最後の全体討論では、能登の復興に向けて、里山から里海までの資源を一体的に捉えた復興計画の必要性、そして地域の「生業(なりわい)」と生物多様性保全を結びつける視点の重要性が確認されました。佐渡での経験からは、トキは「害鳥」といった意識を変容させた継続的な「対話の場」やワークショップの必要性が改めて共有されました。
座⾧を務めた柳井清治氏(石川県立大学)は、このワークショップでの議論を踏まえ、今後も能登GIAHS生物多様性ワーキンググループの活動を発展させていく意向を示しました。
主催者を代表し小山明子(UNU-IAS OUIK)が、今回のワークショップで得られた学びと気づきが、能登の暮らしと豊かな自然環境を未来へ継承し、災害からの再生をともに進めていく力となることを願い、締めくくりました。



