10月18日~28日に金沢21世紀美術館で、北陸で初めて、国内の美術館でも初めてとなる「ダイアログ・イン・ザ・ダーク ショーケース」が開催されました。これを記念し、多様性を尊重してコミュニケーションする大切さを考えるトークイベントを、一般社団法人ユニバーサルデザインいしかわが主催して開催しました。
このトークイベントは「SDGs いしかわ・かなざわダイアローグシリーズ 第10回」として国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK)が共催しました。
暗闇の対話(ダイアログ・イン・ザ・ダーク)とは?
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク ショーケース」の参加者に配られたパンフレットには次のように書かれています。
――参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、グループを組んで入り、暗闇のエキスパートである視覚障がい者のアテンドにより、中を探検し、様々なシーンを体験します。その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、コミュニケーションの大切さ、人のあたたかさなどを思い出します。――
暗闇の中で、視覚以外の感覚をフル活動させ、そして周りの人たちと協力し合うことから、見えない不安を乗り越え、コミュニケーションすることの大切さを、わずかな時間で強烈に、そして深く感じることができる、それがダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下、DID)です。そして「見える人」「見えない人」、「助ける人」「助けられる人」というフレームワークが取り払われた瞬間に、人と人との違いを尊重することを感覚で理解し、多くの人が今まで経験したことがない不思議な心地よさを覚えるというものです。
しかし、いくら言葉を尽くしても、残念ながらこの素晴らしい感覚は、体験していただく以外に伝えることはできないかもしれません。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)の発祥から今へ
まず、ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン代表の志村真介さんから、DIDが生まれて、現在に至るまでのことをお話しいただきました。
1988年にドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって誕生したDIDは、世界41カ国以上で開催され、800万人を超える人々が体験しているそうです。
1993年、志村さんは小さな新聞記事でDIDのことを知って衝撃を受け、ハイネッケ博士に手紙を書いたことが始まりでした。今日、日本では21万人の人が体験するに至り、志村さん自身も驚いているそうです。
DIDの基本的なコンセプトは世界中同じです。目が慣れることのない漆黒の暗闇を作って、そこに8~10人のチームで入ります。チームを案内するアテンドは視覚障がい者が務めます。
「私たちが挑戦しているのは、視覚障がい者とともによりよい社会へ変革していく、触媒としてのプロジェクト。触媒というのは変革を加速させるものです。例えば車いすであっても自由に楽しめる、こういう個人の自由が様々なところで実現する、そういう社会を目指しています。そのためには何か一緒に共有体験をしないと分かりあえません。様々で多様な文化があるため、共通したものを見出す体験というのが必要なのです。その一つの体験としてDIDが行われているのです。暗闇の中ではアテンド役も参加者も、目を使わない対等な立場。普段だと視覚障がい者を助けようと思う人たちが、暗闇ではどうにも動けなくて、彼らに助けられます。そしてお互いが協力しながら対話をしていくという構図が生まれます。暗闇では肩書も年齢も性別も障がいのあるなしもすべてフラットにして対話が生まれます。DIDは暗闇がいいなというのではなく、人っていいなと思ってもらえるようになるもの。福祉イベントではなく、エンターテインメントなのです」(志村さん)
ゲストスピーカーからの感想
石川県観光プロデューサーでCMディレクターの早川知良さん、国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK)事務局長の永井三岐子、そしてモデレーターとして一般社団法人ユニバーサルデザインいしかわ理事長で金沢美術工芸大学名誉教授の荒井利春さんが加わって、DIDを体験して感じたことを会場全体で共有しました。
早川さんからは、暗闇の中では「私はここにいます」と主張しないと、その存在が消えてしまうことや、暗闇で人と人とのコミュニケーションが瞬時に広がっていく様子、人とだけでなくモノともコミュニケーションができることに驚いたといった感想を述べられました。
永井は、視覚以外の感覚を使って、知識として残るのではなく、感触を思い出せることができる珍しい体験で、初めて感じる新鮮なものだったと述べ、今までの助ける・助けられる人というフレームワークを見事に吹き飛ばす素晴らしいものだったと賞賛しました。
SDGsとDID
SDGsの「誰も取り残さない哲学」とDIDは深いところでつながっています。
志村さんは、「DIDはイソップ童話の『北風と太陽』に例えると「太陽」。自らが服を脱いでいく感じのもの。SDGsの17項目もそれぞれの地域で自らが服を脱いでいけるような、太陽のあたたかさ、光を感じつつ、楽しみながら行う社会変革なのだろう」と述べられました。
既存の人間関係とか地位とかから解放されて、目の前の人と対話していく、北風ではなく、太陽をベースにした対話の場は、暗闇を作ること、つまり電気のスイッチを消すことで始まります。さまざまなフレームワークが取り払われ、「実に豊かな人間関係やコミュニケーション、対話が生まれます。そのことに気づき、展開していくことが重要です」と、モデレーターの荒井さん。
SDGsもまた、今までのフレームワークを取っ払って、みんなでいろんな価値観の変換を図っていくものです。これから先、さまざまな局面でDIDの電気のスイッチに相当するものをみんなで見つけていかなければなりません。
自分の存在を表す言葉。それがI’m here
I’m here――自分がここにいる意味はフレームワークが変われば、それも変わります。
「SDGsは既存の様々なフレームワークを取り払うものだ、という説明をすると、自分の立ち位置からも違うことができるようになると、目を輝かせてくれる人がいます。そう思ってもらうことこそが価値観の転換を広めるときのキーとなります」(永井)
最後に志村さんによって、会場の“暗闇のスイッチをオン“する実験が行われました。それはとても簡単で、目をつぶり、隣の人と手をつなぎあい、言葉を交わして、関係性を築くだけ。それだけで、会場の雰囲気が一変し、和やかな空気に満たされたのでした。
「これが暗闇のスイッチがオンになった会場の雰囲気です。I’m hereとはこういうことなんです。こうやってスイッチをオンにしていくことで、だんだん社会が緩やかになってくる。暗闇を作らなくてもいい社会を早く作りたい」と志村さんは述べられ、大きな拍手に包まれ、トークショーは幕を閉じました。