国連大学サステイナビリティ高等研究所 いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK) の設立10周年を記念して、石川県、金沢市の後援、石川県立自然史資料館の協力を得てシンポジウムを開催しました。
このシンポジウムは「SDGsいしかわ・かなざわダイアローグシリーズ第8回」と位置づけ、次世代に地域文化や固有の自然をどう継承するか、そして2030年のSDGs達成につなげて行くかについて、活発な議論を行いました。
OUIKの10年の歩みについて紹介
竹本 和彦(国連大学サステイナビリティ高等研究所所長)
最初にOUIKがこの10年で行ってきたこと、そしてその成果について発表しました。
2008年に開設されて以来、2011年には能登が日本で最初の世界農業遺産に認定されたことや、2015年には金沢市の都市文化と自然のつながりや周辺の農村との関係性を繙いた「生物文化多様性圏」という考え方を世界に提案したこと、そして、2016年には「第1回アジア生物文化多様性国際会議」をユネスコ生物多様性条約事務局と石川県・七尾市と共同で開催して石川宣言を採択することができたことなどがありました。これにより、石川県・金沢市が生物文化多様性に関するアジアの拠点として位置づけられるようになりました。
OUIKは地域に根を張る国際機関として、SDGs が国連で採択された2015年の当初から、その目標達成に向けて努力を傾け、生物文化多様性の石川・金沢ならではの豊かさの保全・活用に軸足を置きつつ、持続可能な豊かな地域社会モデルの実現を目指して活動を行っています。
これからも、研究活動と、地域と国際社会を結ぶネットワークの形成を通じ、引き続き地域社会に貢献していくことを述べて、話を締めくくりました。
紆余曲折を経て実り多かった10年
【来賓挨拶】谷本正憲氏(石川県知事)
1996年に国連大学との連携を模索して「いしかわ国際協力研究機構」を設立しましたが、目立った成果が現れず、改めて国連大学のブランチを作るということを依頼。そして2008年4月に国連大学高等研究所(現:OUIK)が設立されました。「県民に目に見える、わかりやすい成果を出してください」とお願いしたことなど、当時を振り返る話から始まりました。
OUIKが設立されたその年には第9回生物多様性条約締約国会合(COP9)で石川県の里山の取り組みをレポートし、名古屋で開催されたCOP10ではクロージングイベントを石川県で開催するなど、OUIKの存在感が着実に浸透していったと言われます。
それに加えて、能登の里山里海が日本で初めて世界農業遺産の認定を受けたことは、農業の分野だけにとどまらず、能登の雇用の確保にも大きな効果があり、OUIKがなければ認定まで進まなかっただろうと感謝の言葉を述べられました。
一方で、「世界重要農業資産システム」という呼称が分かりにくいと感じた知事は、涌井氏、武内和彦国連大学副学長(当時)に同意してもらい「世界農業遺産」という言葉を誕生させたことや、わかりやすいネーミングを付けたことで、テレビのワイドショー番組がこぞって取り上げてくれたことなど、逸話を披露しました。
「これからも新しいアイデアを出していただき、地域の活性化に貢献する、行動するOUIKであってほしい」と今後へのさらなる期待を述べて話を結びました。
金沢らしいSDGsの推進に大いなる期待
【来賓挨拶】細田大造氏(金沢市副市長)
公務で欠席された山野之義金沢市長からの祝辞を副市長の細田氏が読み上げました。
OUIK開設以来、豊かな文化と自然をテーマに地域に根差した研究や政策提言だけでなく、国際的な学びの機会を提供していることに、深く感謝されていることや、さらに国連大学が拠点を設けていることで、歴史、伝統、文化を有する金沢の新たな魅力につながっており、世界の交流拠点都市を目指す金沢市にとって、大変意義深いと述べられました。
また、SDGsの達成に向けては、7月に金沢市とOUIK、金沢青年会議所の3者の間で、共同研究を行うための協定を締結しましたが、歴史や文化を背景に金沢らしいSDGsの推進に取り組みたいという想いを伝えました。
自然と文化のつながりを次世代に手渡すために
【基調講演】涌井史郎氏(東京都市大学特別教授)
北陸、とりわけ能登の地域にある貴重な暮らし、暮らしの文化、ライフスタイルをどうつないでいくか? それは、ただ物珍しいものを遺していくのではなく、持続的な未来のために、次の世代がそこから学んでライフスタイルを考えていくためのものと、涌井氏は語りました。以下は講演を要約したものです。
――自然をよく理解して、自然の本質を損ねない形で人間の暮らしが寄り添えるような、そういう工夫を重ねた美しい風景が、日本にはあります。しかし、人々が自然と関わらなくなって、そこからだんだん遠ざかっていき、非常に微妙で危うい状況になっています。
絶滅危惧種の種類がどんどんと増えている今、「国連生物多様性の10年」で日本は非常に努力をしているが、それでも世界を俯瞰してみれば、日本はまだまだ遅々として進んでおらず、現実の暮らしの中には危機感が投影されていません。
国連が改めて2030年目標という形で決めたSDGsは極めて重要な役割を担ってくるということは間違いありませんが、日常生活で地球の未来が危機的なレベルであるということをもっと認識しながら、どのようにライフスタイルやワークスタイルを変えていくのかということが問われています。
災害が作り出したと言っても過言ではない日本の美しい景観。人間の周りに再び自然を呼び戻して、かつての日本人の歴史の中にあったような風景を作りだし、災害を少しでも減じていくという方法があります(※Eco-DRR)。日本人は自然に逆らわず、自然とともにある形で問題を解決する知恵を持っていました。その中で最も傑出した知恵が里山なのです。
現在、地球には限界があるということを設定して、逆進的(バックキャスティング)な考え方で今のライフスタイルや暮らしの在り方を見直していく必要があります。そういう社会をつくっていくうえで重要なことがCOP10で提起された「SATOYAMAイニシアチブ」です。これは開発目標ではなく、持続性を前面に出したSDGsの方向と一致するもので、里山が極めて重要な概念を持っていることに気づかせてくれます。
石川・金沢には、このような自然と共生した人の暮らしや仕事があります。「※地域共生循環圏」が形成されており、このモデルとして極めて重要な役割を果たすことができます。さらに、投資能力のない途上国でもこれをモデルにした地域づくりやシステムを導入することができ、SDGsが目標としている「誰も取り残さない社会」を実現させることにもつながります。
山があって、海があって、川がある、そこに里がある、それがすべて循環しているのです。伝統文化というのはそうした結晶です。伝統工芸から逆にたどり、こんな技法があって、こんな材料を使っていたのかを知ることが、この地域を大切にすることにつながるかもしれません。――
※クリックすると環境省の関連PDFへジャンプします。
生物文化多様性による価値創造とSDGs活動報告
【第2部 パネル討論】
まず、パネリストの皆さんからそれぞれの活動報告をしていただきました。
遠藤 知庸氏(石川県農林水産部長)
世界農業遺産への取り組みと題して、今年、能登立国1300年を迎えた能登の歴史から、伝統的な農業が営まれ、棚田や谷地田の優れた里山景観があるなど世界農業遺産認定の際にどのようなことが評価されたか、そして現在の問題点や展望などを紹介しました。
「能登地域の持続的な農林水産業、伝統文化、これらを活用した加工業、あるいは観光などにより、地域の社会経済が成り立つことが、能登の里山里海を次世代へ継承することにつながる。引き続き地域の取り組みを支援していきたい」と遠藤氏。
萩の ゆき氏 (まるやま組主宰)
輪島市立三井小学校の森林環境教育支援で行っている「よぼし子の森」について紹介。都市生活で見失われてしまった、自然から食や恵みを得てそれが経済を支え、美しいふるさとの景観を作り出し、豊かな固有の文化を織りなすといったつながりについて、地域の森のことを知っている大人たちが全員先生となって子供を教え、育てるというのがこのプランです。
「一方的に教えるのではなく、逆に子供たちから学ぶという双方向の学びがある。これからの里山の存在や役割についても考えることができた」と感想を述べました。
加藤 麻美氏(ルーティヴ株式会社)
木材の加工品・製材の加工品などの企画・製造および販売、林業ならび山林の植林および管理業務などを行う会社で、石川県の杉を使ったオフィスの木質化推進や、木質エネルギーにふれるイベントをプロデュースしている加藤氏。
「生物多様保全の取り組みを重要視している企業は少なく、関心が高いとは思えない。オフィスや事務用品とかを木に代えてもらうことを重点的に取り組む。そうすることで森と川と海がうまく循環して、ハッピーになるのではないか」と発表しました。
イヴォーン・ユー(国連大学IAS-OUIK研究員)
世界農業遺産における里海について紹介しながら、里海の概念に基づくSDGsの活用について発表しました。里海とは、人手をかけることで生物の生産性、生物多様性が高くなった沿岸域を指し、日本には海の資源を持続可能で使っている伝統的な漁法もあります。陸と海の循環で海が豊かになるという概念から、里山の保全と連動させて里海づくりを行います。
「SDGs14は海の目標だが、里海は陸とのつながりも大事なので、SDGs15とも関係している。ほかにも関係する目標は多く、連動して考えていく必要がある」と話しました。
ファン・パストール・イヴァールス(国連大学IAS-OUIK研究員)
金沢には、用水によって作られる曲水庭園と、湧き水を生かした湧き水庭園がたくさんあります。それらは気候変動の緩和をはじめ素晴らしい生態系サービスをもたらしてくれますが、維持管理が行き届かなくなっていることで生物多様性が下がっているなどの問題があります。現在行っている共同管理による持続可能な新しい管理方法を紹介しました。
「既存の生態系サービス保全だけでなく、将来の生態系サービスをつくる必要がある。私の夢はすべての金沢市民が庭師になることです」と語りました。
チャオ・ジュンタイ氏(SWAN International 台湾)
台湾での茶の生物文化多様性についての取り組みを紹介。高級なウーロン茶ができる芽など部分は害虫(ウンカ)の被害を受けやすいが、その害を受けた若葉から香り高いブラックティーを作ることに成功。それが人気を集め、価格も高騰。茶農家はかつて害虫だったウンカの生息域を今では大切にしているそうです。茶農家の所得の増加と生物多様性の保護にも貢献。生きものにやさしい茶農家がトレンドとなり、それがまた文化にもなっているそうで、「これは一つの里山の例といってもいいだろう」と申されました。
次の10年に向けてOUIKに期待することとは?
パネリストの皆さんからの発表は、OUIKが地域の方たちと一緒に進めていくこれからの取り組みの方向を考えるうえで、貴重なものとなりました。それらを踏まえて、パネリストの皆さんに今後のOUIKの活動に対して、期待や注文などを伺いました。
「日本の経験が開発途上国でも生かしていけるように世界へ発信して欲しい」(遠藤氏)、「林業の方にももう少し目を向けるようになってほしい」(加藤氏)、「視察に来た方ともっと交流や学びあいができるようにしたい」(萩の氏)、「現場で働いている人たちは膨大な知識を持っているが、目まぐるしい現代の変化には適応できていない。私たちはこういう人たちからもっと学び、それを現代に適合させることが必要」(ジュンタイ氏)。
また、OUIKのメンバーは次のような抱負を語りました。
「研究者として行政と市民の橋渡しを行い、持続可能な社会と町を作りたい」(ファン研究員)、「地域のニーズにこたえる研究が大事で、これからも皆さんと一緒に何かできないかと思っている」(イヴォーン研究員)
「石川・金沢の地域が持っている、この場所ならではの自然とか文化の資源を見つめ直すということが一番ベースとして大事じゃないか。そういうところからこの地域らしいSDGsの取り組みというのが動いていけるんじゃないかと思いました」というのは、第2部のパネル討論のモデレーターを務めた渡辺綱男(国連大学IAS-OUIK所長)の言葉。
そして、地域の課題と結び付けて、いろいろな分野の人たちと柔軟に幅広く、皆さんそれぞれが主役で、持ち味を生かしたパートナーシップを広げていくことが大事であり、地域同士や国を越えて学びあうプラットホームができていくことが重要だということを改めて感じたことでしょう。「OUIKもそういった一端を担い、次の10年に向けて頑張っていきたい」と述べて、第2部を締めくくりました。
最後に総括として、中村浩二氏(石川県立自然史資料館館長・UNU-IAS客員教授)は、「OUIKがサスティナブルに活動できるように皆さんの応援をお願いしたい」と述べられ、10周年を記念するシンポジウムは無事幕を閉じました。
参加いただいた方のフィードバックです。今後の改善に役立てて参ります。
全体の感想
・涌井先生の基調講演は、石川・金沢の事例を日本の事例と重ねていてとても素晴らしかった。GRAY→GREENインフラ、 防災・減災の要素も納得感のあるものでした。「お金をかけて自然に抗うのではなく、自然に人々が合わさっていく」がとても印象的でした。
・涌井先生の講演、とても勉強になりました。・基調講演、パネル討論ともに充実した内容で、多くを学ぶことができました。ありがとうございました。 準備が大変だったと存じます。お疲れさまでした。今後の展開・発展を期待申し上げます。
・石川県内で行われていることが概要的によく分かった。お茶の話は目新しく興味深かったです。
・SDGsに係る活動が様々なところで行われていることに関心を持ちました。
・涌井氏の講演は大変興味深い内容で良かったです。Eco-DRR(生態系を基盤とした防災・減災)など、 石川県だけでなく、日本全体で考えていかなければならないと思いました。
・良い話者を集め、時間の限りの中で有意義な議論を提示して頂き、ありがとうございました。
・様々な取り組みや考え方がきけて良かったです
・いっそうの充実を!
・参考になるキーワードや事例が収集でき、非常に有意義な時間を過ごした。
・知事の挨拶は長かったが、OUIKの10年も、ある面では良くわかった。
・大学で環境文学を扱って、人間と自然の共生についての研究をしています。文学や思想の領域だけでなく、今回のシンポジウムでは 企業の取り組みや地域社会でのつながり、活動等に関して実際に行われている方々のお話が聞けて、とても為になりました。
・パネル討論では、実施事例の紹介がよかった。(ちがった分野で活動されている方々からのSDGsに対する取り組み方など)
・もう一度金沢を見直すことを感じた(景観・観光業を含めて)
- ご意見 -1. 全体を通して
・石川の問題、自然環境(竹林の繁茂・海洋汚染・ゴミ・エネルギー)の数々の問題に対して、市民がなぜ「自分ごと」という意識がもてないのか? などを、もっと深く知りたかったです。 例)誰も使わない公園の管理のための予算。造園業で出る草木がゴミとして処理されていること。
・再エネ事業について、生物の生きる権利について、市民レベルでの国際交流などについても触れて欲しかった。
2. 会場での交流について
・会場での交流は、もう少し時間があると、なお良かったです。
・会場交流は時間不足で残念。
3. パネルディスカッションについて
・パネリストのスライドを後日ウェブサイトで公開して頂けると幸いです。
・時間の配分がうまくいっていなかった。
・パネル討論の時間が短かった。
・参加者のコメントやご意見を聞くことが認知度を高めるものと考えています。
・第2部途中までの参加ですが、キーワードである「SDGs」へのフォーカスが弱いように感じました。それ故、個別の話がばらばらに進んだという印象を受けました。SDGs達成に向けて実質的に行動してきたOUIK記念シンポジウムであるだけに、その点が残念でした。
・パネル討論はパワーポイントが長すぎる→意見交換が聞きたかった。
・どの事例も大変興味深かったです。できれば、まるやま組やルーティヴの活動とOUIKのつながりがきけるとうれしいです。
・新たな知見に触れ、参考になりました。どうしても発表が長くなり、パネル討論が短くなってしまうのが少し残念でした。