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【開催報告】 能登の里海セミナー「里海の保全から考えるSDG14の達成-海洋汚染問題を考える-」

日時 / Date : 2020/6/6
場所 / Place : オンライン

2015年から国連大学OUIKは石川県の世界農業遺産「能登の里山里海」(以下「能登GIAHS」)における里海の保全や生業に関する啓発活動を「能登の里海ムーブメント」として行ってきました。今年はこの活動の一環として、「里海セミナー」を計4回開催する予定です。

 2020年6月6日にオンライン開催された2020年度第1回目は「里海の保全から考えるSDG14の達成-海洋汚染問題を考える-」をテーマとし、SDG14「海の豊かさを守ろう」の10個の目標から、SDG14.1「2025年までに、陸上活動による海洋堆積物や富栄養化をはじめ、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に減少させる。」について学びを深める回となりました。 

「里海」という視点をもって海洋問題と向き合う

 開催に先立ち、主催を代表して国連大学OUIK事務局長の永井三岐子がこのセミナーの様々な可能性について語りました。沿岸生態系の資源から恩恵を受けて暮らす人々は世界に30億人いると言われており、人々の生業と自然が共生する沿岸地域を表す「里海」という視点を用いて海洋汚染問題と向き合うことはとても重要だそうです。さらに「SDGs14、そして科学的な知見を用いて地方から全国に向けてオンラインで発信できることは非常に意義のあることだと思います」と挨拶を述べました。

【イヴォーン・ユー(国連大学 OUIK研究員)】

 続いてこのセミナーの紹介として「能登の里海ムーブメントとSDG14について」と題し、国連大学OUIK研究員イヴォーン・ユーより発表がありました。

 2011年「能登の里山里海」として能登地域がGIAHS認定され、農業と関わりの深い「里山」の保全・活用活動が盛んに行われるようになったそうです。一方、2012年に行った「里海里山の保全活動に関する調査」では「里海」という観念の認識がまだ低く、「どのような活動を通して里海の豊かな伝統や自然を守っていけるのか、イメージしにくいという」という意見がでました。

 そこで国連大学OUIKでは「里海」という観念の理解を広げるため、地域の知名度の向上のため、そして里海を生業の場としている地域の人々の生活を向上させるための活動を「里海ムーブメント」と名付け2015年にスタートしました。国内外での発信、地域での保全活動のサポートも積極的に行い、計8回行われたセミナーでは七尾市の藻場や穴水湾の伝統漁法、珠洲市の貝類など、さまざまなテーマを取り上げ、東京や国際会議の場でも能登の里海について発信してきました。これらの活動は能登地方を里海研究・保全の拠点として活用の幅を広げることにもつながっています。

海洋汚染の様々な要因

 「海洋汚染」と一言でいっても、原因は多様です。近年話題になっているプラスチックゴミ問題の他に、産業化学物質や畜産の排出物や日常生活用品の化学物質などの陸上からの流出も汚染源となります。また、海上での油の流出や、浮遊する漁具が魚を獲り続ける幽霊漁具なども見逃せない問題です。こうしたさまざまな要因が、海洋の生態系に悪影響を及ぼしています。プラスチックゴミの問題に至っては「2025年には魚3トンにつき、1トンのプラスチック、そしてこのままいくと2050年には魚よりもプラスチックが多くなる」という予想がEUから出ています。

持続可能な海洋のためのイノベーション

 6月8日は世界海洋デー、今年のテーマは「持続可能な海洋のためのイノベーション」です。「海洋ゴミを減らすことも増やさないようにすることも大事だが、そのゴミを再利用することも考えるべき段階に来ている」とイヴォーンさんは語ります。さらに海外のイノベーション事例として海洋ゴミ100%で作られたサングラスやスポーツ用品についても紹介しました。「イノベーション(技術革新)は再利用製品の開発だけにとどまらず、教育などの知識的改革にも適応されるべき」と述べました。

 

【道田豊(東京大学大気海洋研究所教授)】

 次に「海洋プラスチックをめぐる課題と研究の展望」と題し、東京大学大気海洋研究所の道田豊教授よりお話いただきました。

 道田さんの専門分野は海洋物理学、主に海洋表面付近の流れと構造の変動を研究しており、その延長で漂流するプラスチックゴミについての調査も行っているそうです。2019年からは東京大学と日本財団の連携により海洋ごみ対策プロジェクトを開始し、海洋プラスチックゴミ(主に5mm以下のマイクロプラスチック)に関わる実態把握、生体影響、そしてゴミの発生フローの解明と削減・管理方策を研究しています。

そもそもどんなふうにゴミが海洋に流れてくる?

 これまで人間が生産してきたプラスチックの全量は実に象14億頭分、中華人民共和国の人口が大体13-4億なので、人口が全員象の重さになったイメージだそうです。大量生産しているプラスチックの中には使用後、リサイクルされるもの、再利用されるもの、焼却処分されるものがあり、残りのごく一部(5%以下)が残念ながら海に流れ出ているそうです。5%と聞くと少なく感じますが、全体量が多いのでこの5%は決して小さな数ではないです。その多くは東南アジア諸国から流れ出ており、早急な対策が望まれているそうです。(日本は年間2万トン流出)

 これらが何処から発生してどうやって海に流れるのかという「プラスチックのマテリアルフロー」も明確になってきており、それに基づいた削減・管理方策を検討しているそうです。「(ゴミが)川を介して海に流出していることはほぼ確実、では川に流れる前の段階でどう抑られるか?それは制度を作ったり、社会的行動変容を促すことを考える必要があり、社会科学分野の専門家とも協力し、検討している」と述べました。

マイクロプラスチック

 マイクロプラスチックと言われているものには2種あり、もともの小さかったもの(レジンペレットやマイクロビーズ)と、海に流れ出た後、波に揉まれたり、紫外線の影響を受け、長い間かけて微粒子状になったものがあります。このマイクロプラスチックはまだまだわかっていないことが多く、道田教授の研究ではまずこれらが「何処から来て何処に行くのか?」という実態把握から進めているそうです。現在は「小さくなったプラスチックはプランクトンや魚の糞などにくっつき海底に沈んでいく」という仮説を証明するために調査研究が行われているそうです。

生態系への影響

 プラスチックという物質はPCB(ポリ塩化ビフェニル)等の化学物質が吸着しやすく、それらを飲み込む生物(魚や貝)への生体影響も懸念されています。これらの影響を把握するため、綺麗な海岸の生物とプラスチックゴミが多くある海岸の生物を比べ、体内の化学物質の量の違いなどを調査しているそうです。

 人体への影響についても未解明な点が多く、はっきりと影響があるとは言い切れないそうです。初期段階の研究として「マイクロプラスチックは体内に吸収されるか否か、そしてどのように体内に吸収されるのか」について培養した細胞のモデルを用いて研究しているそうです。「おそらく小さいプラスチックは吸収される、しかし生体に悪影響があるかどうかはまた別の問題。プラスチックは安定した物質で簡単には分解されない、そのまま体内を巡っているだけでは影響が出ない可能性もあるが、例えば免疫細胞などが反応し医学的影響を及ぼす可能性も否定できない」と道田氏は語ります。

 科学的に極めてハードルが高いこれらの問題の解明には長い時間がかかると言われています。しかし放っておくと取り返しがつかなくなるため、解決にはプラスチックの再利用やリサイクルはもちろん、全体量を減らす努力が必要です。道田さんの研究では2021年後半に政策提言ができるよう、取り組んでいるそうです。

【浦田慎(一般社団法人能登里海教育研究所主幹研究員)】

 続いて一般社団法人能登里海教育研究所主幹研究員の浦田慎さんより、「子供たちの海の学びを考える・能登里海教育研究所の環境教育」と題して活動紹介を行っていただきました。

 能登町の小木にある能登里海教育研究所は2015年に日本財団や能登町からの支援で設立されました。主な活動としては海洋教育に関する研究と学校での海の学びを支援する活動です。

なぜ海洋教育が必要か?

 日本という国は非常に地理的にも文化的にも海との関わりが非常に深く、法律でも「海洋に関する国民の理解の推進」が定められており、海洋問題に関しても海の側に住む人だけではなく、山の方に住む人も等しく学ぶことが推奨されているそうです。さらに「海」は自然環境と自分たちの暮らしや産業との結びつきを学ぶために活用しやすく、子どもたちにとっても興味関心を引く学びの場となっているそうです。浦田さんは「子どもたちが自ら興味を示し、自分で調べてみるといった主体的・対話的で深い学びが柱となっています」と海洋教育の方向性を語りました。

社会と連携した学校教育

 地域で活躍する漁師さんや専門家の方に実際に授業でお話しいただく、見せていただく、というのは海洋教育において非常に効果的な手法です。しかし、このような出前授業を行う場合は外部協力者(ゲストティーチャー)と学校教員の、それぞれの狙いを事前に確かめておく必要があるそうです。能登里海教育研究所は子どもたちの目標に応じた理解を優先する学校側と、自分の経験や知識をより多く伝えたい協力者の間に入り、授業をコーディネートする役目も果たしています。

海洋ゴミの教育

 これまでの海洋教育では、汚れた海のショッキングな写真を見るところから始まり、当事者意識を持たせ、行動を考えるという順で進められることが多かったそうです。しかし、この方法では「海が汚いところだ」というネガティブなイメージだけが残ってしまう可能性があります。さらに「海にとても親しみを感じる」と答えている若者が年々減ってきている中、「そもそも親しみを感じない場所のゴミ問題を解決しようと思うのか、懸念を感じている」と浦田さんは語ります。

 これらのことを踏まえて、最近は「海を守る」ことを教える前に「海に親しむ、知る」ことを優先する段階的な教育プランが多くの学校でも採用されているそうです。

 小木小学校では1-2年生の時はゴミ問題には触れず、海の生き物や海藻と触れ合い、観察や飼育を経験し、海に対する愛情を深めることを目標としています。その後3年生になると初めて海岸でゴミ拾いを行い、地域内で啓発活動を行うそうです。さらに高学年になると自分が疑問に思ったことについて調査・実験を通し、ゲストティーチャーと共にゴミ問題についてさらに理解を深めていきます。

 最後に「子どもたちから『なんでこんなに頑張ってもゴミが減らないの』と聞かれると非常に答えづらい。大人たちからも解決事例を示していくことも大事」と述べました。

 

 パネルディスカッションは「SDG14.1海洋汚染軽減の目標達成に私たちのできること」について輪島の海女漁保存振興会海女の早瀬千春さんも加わり、イヴォーン研究員がモデレーター役を努めました。

【早瀬千春(輪島の海女漁保存振興会海女)】

 輪島で30年以上海女として活動している早瀬さんは小さい時から海に親しんできたそうです。季節ごとに操業するエリアが変わる海女業を通して、広い範囲で長年能登の海を見てきた中、様々な変化を目の当たりにしてきたそうです。「昔の海と今の海では確実に変化が見られる。21歳の娘も海女デビューしたこともあり、海洋汚染問題についてはとても懸念している」と述べました。早瀬さんが感じている具体的な環境の変化としては水温の上昇や透明度の低下、磯焼けがあります。「磯は海の中の畑。磯が焼けてしまうとサザエやアワビの主食である海藻が育たない。昔の海の環境に戻すのは難しいかもしれないが、次の世代のためにも人間の手で壊した環境は人間の手で戻す努力をしないと」と述べました。

海に潜って漁を行う早瀬さん

 海女さんや漁師さんは海洋ゴミ問題にも日常的に直面しています。流れてきた漁具などが船のスクリューに絡まったり、海女さんの足に絡まったりして、危険な目に合ったこともあるそうです。「漁具は漁師の財産、故意に捨てることはないと思うが、それが流れてくることで被害を被るのも漁師さん。なんらかの形でこれらのゴミがお金になる仕組みができればゴミの回収自体も仕事として成り立ち、理想の形だ」とイヴォーン研究員は述べました。

 続いて新型コロナの影響からくるプラスチックの使用量の増加について道田さんにお話しを伺いました。「プラスチックを減らすのは大前提だが、例えばプラスチック製品がない医療は考えられないという事実がある。これを認めた上で知恵を絞り、上手に使うということに尽きる」と述べました。

 浦田さんは「プラスチックだから悪だと感情的に決めつけるのではなく、科学的な根拠を用いて正しく学習し、判断するスキルを子どもたちに持って欲しい」とコメントしました。早瀬さんも「捨てない努力と作らない努力、そして一人ひとりの心がけが大切である。大人も責任を持って行動するべき」と考えを述べました。

【Q&A】

 続いて質疑応答では「そもそもなぜ海洋にプラスチックが流れ出てしまうのか?リサイクルにもエネルギーが必要なのでゴミと一緒に燃やしてしまえばいいのではないでしょうか?」という質問に道田さんにお答えいただきました。ヨーロッパでは一般的な埋め立て処理や日本で行われているサーマルリカバリー処理*など、さまざまなプラスチックゴミ処理方法については専門家の間でも議論が分かれるそうです。「いろいろな要素が絡んでくるので、全部一緒に燃やしてしまう方法よりも分別して処理するという手段を日本は取るのがいいのでは」と道田氏は述べました。*ゴミを焼却して得た熱エネルギーを回収し、再利用する処理法

 最後にパネリストの3名から、皆さんへのお願いとしてコメントをいただきました。早瀬さんは「ゴミを減らす、ゴミを持って帰る、ゴミを作らない努力を心がけてほしい。海の環境悪化は明白であり、自分たちが理解を深め、変わらなくてはいけない。海に従事している私達海女とか漁師にしか出来ないコトがあるはず。海の中のゴミを収集する事や底引き網で深い所のゴミをさらうコトとか出来る。これについては、補助金とかあれば、海女も海掃除の日を何日か出来るはず」、浦田さんは「もっと多くの方に教育現場でのご協力をお願いしたい。海の素晴らしさが伝われば子どもたちの意識も高まると思う」、道田さんは「研究者として科学的根拠に基づいて議論できる世の中を作るために努力したい。皆さんには『私一人がやっても』と思わず、自分がやっている努力の意義を認識して、地道でも、できることからやって欲しい」と語りました。

 

 閉会の挨拶では国連大学OUIK所長の渡辺綱男が今日の議論を振り返ると共に「里海と関わって暮らしている方々の経験や想いを私たちみんなで共有し、一人ひとりの行動につなげていくことが海の豊かさを守ってく中でとても大事なのでは」と述べました。さらに来年からは「国連海洋科学の10年」が始まることもあり、「国連大学OUIKとしてもこの里海セミナーなどを通していろいろなテーマで海の豊かさを守るための活動を皆様と続けていきたい」と述べました。

 

セミナーの動画もご覧いただけます。

※セミナー中に対応できなかった質問に対する答えと登壇者プロフィールは下のファイルをご確認ください。

 

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